有識者の声
意見書 後藤徹さんの事件を審査する検察審査員の皆様へ
元宮城県宗教者懇話会会長 曹洞宗 僧侶 美原 道輝
美原 道輝(みはら どうき)プロフィール
曹洞宗帝釈寺東堂 住職。宗教者平和大使フォーラム会長
意見書 後藤徹さんの事件を審査する検察審査員の皆様へ
本来「財界にっぽん」誌3月号に掲載された統一教会員の拉致監禁事件を一読し、この事が事実であるとすれば、まことに嘆かわしい大変な事件であると考えました。世界基督教統一神霊協会(統一教会)の信者である後藤徹さんに関する、明らかに棄教させることを目的とした12年5ヶ月に亘る拉致監禁事件の実態を知るに及び日本が文化国家を謳いながら人々の良識や人権尊重の常識や民主主義の基本的態度が全く身についていないことを深く嘆きかつ悲しみを覚えました。
正しいことは正しいとし、犯罪行為にはそれに見合う裁きがなさればければ、民主主義を本旨とする法治国家とはいえません。民主主義は本来、思想、信条、表現の自由が保障されるところにあるのですから。 後藤徹さんの拉致監禁問題を見る限り、統一教会の信者には、基本的人権が保障されているとは見えません。特定の宗教、信仰に対する差別、あるいは迫害と映るものです。聞くところによると、統一教会が日本に創立されて半世紀が経つそうですが、この間、実に多数の信者たちが、同様の被害に遭っており、今日尚続いているとこのことです。
これからすれば、後藤さん事件は、一個人の偶発的な事件とは言い難いものです。親子間の話し合いのもつれなど家庭内の事柄を越えた、しかも社会的責任を具えた大人が、ある日突然拉致され、自分がどこにいるのかもわからない状況下で監禁され、信ずることを捨てるよう強要され続けたとすれば、それは明らかに犯罪であり、憲法で保障された基本的人権の侵害に他なりません。
私は、僧侶であるますが、県内の諸宗教の代表者と協力して、宗教者懇話会をつくり、継続して来ました。それは各宗教者(基督教牧師、新道の神主、新興宗教者を含む)が、自ら宗教の垣根を取り外し、社会のため、人々のため真に幸福をもたらす方途を論じ合うための会合でありました。実際にはお互い不勉強から来る誤解や偏見に気づかされ、次第に血の通った理解が出来ました。従ってそれぞれの宗教の弱点を攻撃したり、自らの宗教の優位性を強調したりすることがなく、社会人心の指導に大変よい示唆が得られました。
実は私の娘も統一教会の教えに触れて大きな影響を受けました。当初は僧侶の娘として、他の宗教に引かれるとは許しがたいという思いがありましたので、第三者を介することなく、直接親子が忌憚なく向き合いかなり長い間に亘り話し合い討論することもありました。わが子と直接忌憚なく対話した結果、わが子の真の信仰や心の安心を知ることが出来、現在では親子の信頼関係を取り戻すことが出来たばかりか、お互いに、従前にもまして、頼りにし合えるようになりました。
宗教者として言えることは、理解を深め、互いに和することが出来るか否かを考えた時にも、「拉致監禁、強制的な説得」は決して若いを生むものではないことがわかります。その点に注目するだけでも後藤さんの体験されたことは異常なものです。
宗教者は国民の模範として、国の精神的支柱として、互いに仲良くしながら、国と世界のために尽くすべきであり、このような行為を黙認ないしは奨励するようなことがあれば、その火の粉は自らにかかってくるでしょう。私たちが、日頃より専念している衆生救済の努力もいつか制限されることになる可能性も否定できません。あらゆる宗教行為が裁かれ、規制され、攻撃されるようにならないとも限りません。ですから、世間の評判が悪いとか、自分には理解できないからと言って家族や他人の信ずるものを暴力的な強制力をもって攻撃し、棄教、変質を迫るようなことを許してしまう事例を容認してはいけません。警察及び検察庁においては法に則り、このような違法行為に対して勇気をもって取り組んでいただきたいと強くお願い申し上げます。
そのため芋この案件を審査すべく選ばれた検察審査員の皆様には、法廷で正しく裁かれるために、今回の事件を起訴して下さるようお願いいたします。
2010年3月14日
元宮城県宗教者懇話会会長
曹洞宗 僧侶 美原 道輝