
脱会届の強要、監禁、そして性的暴行──拉致監禁アパートで何が起きたのか
日本版収容所列島=共産党の宗教被害=より抜粋
今回ご紹介する内容は日本版収容所列島(拉致監禁を記録した書籍)『改宗業者は女性信者を犯していた』から抜粋しています。
新生会ホーム顧問 M氏による凶行
新生会ホームで統一教会信者への脱会活動を繰り返したM氏(書籍では実名掲載)は、女性信者L子さん(当時23歳)を何回も強姦し、同女の陰毛を剃り落とすなどの傷害を与えた。
M氏は、L子さんの両親から、L子さんが統一教会員となっていることを聞き、両親に統一教会を故意に悪く吹聴し、L子さんを新生会ホーム(拉致監禁専用アパート)に監禁することを承諾させた。それは、昭和51年10月3日のことである。
拉致計画と監禁の始まり
まずL子さんをおびき出し、ホームに拉致する方法について相談がまとまった。
同年10月5日頃、L子さんの父親は、「夕食をともにしよう」と言って、L子さんを駅の近くにおびき出した。そのさい、後藤富五郎氏(脱会屋)の家に寝泊りしていた男1名を含む4名が待ち伏せし、彼女が姿を現したところ、力づくでタクシーに乗せて新生会ホームに拉致し、監禁した。
信仰を理由に監禁、脅迫、そして脱会届
L子さんは、日本大学商学部在学中の昭和48年12月に統一教会員となった。同じ大学の学友から伝道されたのである。彼女は統一教会のホームに居住していた。
新生会ホームに収容されたL子さんは36日目に統一教会に対し脱会届を出した。M氏らの脅迫によるものである。
M氏の自宅マンションに移され、性的暴行
M氏は、彼女が脱会届を出した後の同年10月21日午後5時頃、L子さんを自分が住んでいた都内のマンションに移した。
そして同日午後10時半頃、L子さんがドアにカギをかけて入浴していたところ、全裸のM氏は合カギでドアを開いて浴室に人り、L子さんに襲いかかった。L子さんは抵抗し一度はM氏をドアの外に突き出した。しかしM氏はなおもドアを開いて浴室内に入り、L子さんに襲いかかった。L子さんは恐怖のあまり心神喪失の状態に陥ったところ、M氏はL子さんの局部を洗うなどの猥せつ行為をした。丸山はL子さんを寝室に連れ込み、そのあとあらかじめ強姦の目的で敷いておいた布団の上でL子さんを犯した。
M氏は、L子さんが逃げたら、テレビで放映すると脅迫した。L子さんは逃げられず、同年11月5日から翌52年1月24日までの65日間、このマンションに監禁されていた。その間M氏はL子さんを何回となく犯した。
またM氏は同年12月9日と翌52年1月14日の2回、自身の寝室でL子さんを押さえつけて彼女の陰毛を電気カミソリで剃り落とした。これは刑法の傷害の罪に該当する。L子さんはたまりかねて52年1月24日、M氏のマンションから脱出した。
親たちの後悔と、加害者の責任逃れ
L子さんの手紙で事実を知らされた両親は、最初は「まさかM先生がそんなことをするはずがない」と言って、娘の言うことを信じなかった。しかしM氏の犯罪が明らかになるにつれて、L子さんの両親はもちろん、新生会ホームにわが子を入れた親たちは大きなショックを受けた。この事件について後藤富五郎氏は、「Mが自宅でやったことだから、自分に責任はない」と責任逃れをした。
告訴、そして沈黙――奪われた正義
恥辱をうけたL子さんは同年4月5日、M氏と後藤富五郎氏らを逮捕監禁、営利誘拐、強姦、傷害などの罪で練馬警察署へ告訴した。そしてこの事件は、警察と検察庁で捜査が遂げられた。
しかしL子さんは、裁判になると、事件が公にされるのをおそれ、涙を呑んで告訴を取り下げた。
もしL子さんが告訴を取り下げないで、断固処罰を求めていたら、その後の後藤らの違法、かつ非人道的な活動のブレーキになったと思われる。その点まことに残念というほかはない。
スズコ・ヒルシュマンさん(姉が拉致監禁され、両親と家族が後悔) CESNER国際会議での報告(映像)お姉ちゃんが誘拐された! 私は日本で生まれ育ち、オーストリアに住んで40年になります。本日は、 私の姉が日本で拉致監禁、強制改宗の被害に遭った事件について、お話しした...
上記記事に掲載されている証言映像によると、
「L子さんの父親は、娘に起きた悲劇に対する苦悩から、後に自殺した」とのことです。また、監禁施設には約20人の統一教会信者が 監禁されており、 毎日新たな信者が拉致されてきたとの証言です。











