信者が拉致・監禁され、ディプログラマーから暴力的な強制棄教を迫られる胸痛む人権侵害

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太陽を奪われた1年1ヶ月「保護」と呼ばれた監禁生活Iさんの記録【拉致監禁実録file.2】

窓にはベニヤ板
太陽を奪われた「1年1ヶ月」の記録

一度目は3階から飛び降り、二度目はドライバーで鍵を分解して逃げました。
これは映画ではなく、日本で起きた宗教的強制改宗の実態です。

1回目の拉致:神奈川・希望が丘

手引きしたのは、荻窪のキリスト教会牧師。
そこから紹介された希望が丘「K教会」のS牧師(故人)とその妻が、監禁現場に現れました。

幼稚園つきの教会。監禁されて12日目。
私は冷蔵庫の裏に隠された窓の鍵が開いていることに気づきました。

「今しかない」

3階の窓から、隣家の2階の屋根へ決死のジャンプ。

命からがら逃げ出しました。

これで終わりではありませんでした。

2回目の拉致:群馬

講師として働いていた私を、再び親族が襲いました。
連れて行かれたのは東京・国立⇒群馬。

家族や牧師からの脱会強要。
再びの拉致監禁。

脱出までの日数は、1年1か月。

最初は親戚一同が見張っていましたが、長期戦になるにつれ「卒論があるから」と妹が抜け、一人減り二人減り…最後は両親だけになりました。

チャンスが訪れたのは、母がテレビに夢中になり、父が風呂に入った瞬間。
私は以前、家族が台所にドライバーを隠すのを見ていました。
音を立てないようドライバーを取り出し、玄関へ這っていく。

震える手で、ドアノブの根元のネジを一本ずつ外す。

カチャリ。

鍵が外れた。

財布は奇跡的に没収されていませんでした。
そのまま電車に飛び乗り、神奈川へ逃げ帰りました。

牧師たちは「保護」と言いますが、3階から飛び降り、ネジを分解しなければ逃げられない状況。
世間では「監禁」と呼びます。

体験者:横浜・拉致監禁被害者の会 Iさん

詳細はnoteでご覧ください

前編
https://note.com/yukorolling/n/n656d3b4a2627

後編
https://note.com/yukorolling/n/n6d41cd4e7e9e

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