信者が拉致・監禁され、ディプログラマーから暴力的な強制棄教を迫られる胸痛む人権侵害

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家族6人に囲まれた監禁 母の土下座とマニュアル通りの説得【拉致監禁実録file.4】

私が「偽装脱会」で監禁から逃げ出した理由

1992年、合同結婚式参加直前。
私は実家で、母・姉夫婦・叔父ら計6人に囲まれ、拉致されました。

連れて行かれたのは、窓にプラスチック板が打ち付けられ、二重ロックされた監禁部屋。
実は、親が自ら望んだわけではありません。

「このままだと娘は犯罪者になる」

そう脅して親を追い詰めたのは、勝手に訪ねてきた「脱会屋」たちでした。
当時、拉致監禁の相場は着手金300万円。

母は創価学会員で、最初はキリスト教系の脱会屋を拒絶していました。
しかし執拗な訪問を受け、母は心身症を発症。
白髪になり、這って移動するほど衰弱させられていたのです。

現場に来たのは、共産党系を名乗る男女。

毎日罵倒が続く中、ある日「その時」が来ました。
私は事前に、教会の対策講座で「強制説得のマニュアル」を見ていました。

そこにはこう書かれていたんです。

『親が土下座して謝る。子供は泣いて「親は悪くない」とすがりつく』

その通りに、親戚が母を責め、母が私に土下座しました。
涙を流す母を見て、私は冷静に思ってしまった。

「ああ、マニュアル通りだ」

そこで私は作戦を変えました。

「偽装脱会」です。

徹底的に教義を否定し、洗脳が解けたフリを演じきりました。

「仮卒業」を認められ、親戚たちが油断した「目覚めパーティ」の日。
姉が忘れ物を取りに戻った一瞬の隙を突き、タクシーに飛び乗って脱出。
その後、私は結婚を受けました。

恐る恐る母に写真を送ると、母は「宝くじに当たったみたい!」と大喜びしてくれました。

脱会屋が植え付けた「娘が不幸になる」という予言は、嘘だったんです。

今、被害者と呼ばれている人の中には、こうして強制的に棄教させられ、心を壊された人が大勢います。
「自分だけ助かるのか? リストを出せ」と脅され、次の被害者を作る片棒を担がされる。

私は、私を監禁した親族も、脱会屋さえも、今は許しています。
彼らもまた、信念に生き、時代に翻弄された被害者なのかもしれません。

この負の連鎖を、愛で終わらせたい。

引用元noteのご紹介

引用:横浜・拉致監禁被害者の会

証言詳細は横浜・拉致監禁被害者の会のnoteより(プイオンマさんの証言)

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