信者が拉致・監禁され、ディプログラマー(脱会屋)から強制棄教を迫られる恐怖と胸痛む現実

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親子の絆を断ち切る―― ディプログラミングが壊した家庭【実態⑤】~本間 テル子氏、村上 密牧師~

 

冊子「私は拉致・監禁された! 統一教会員の信徒の自由、基本的人権を奪う牧師の実態」(1988年刊行)に記載された、不法な拉致監禁・強制棄教の証言を順次紹介します。プライバシーへの配慮のため一部の固有名詞を仮名に変更したほか、状況説明が執筆当時のままになっている箇所があります。

 

山本 結衣さん(仮名、25歳)の証言

 

当時学生だった山本 結衣さん(仮名)は、全国原理運動被害者父母の会(会長、本間テル子 氏)らの巧みな教唆を受けた両親に呼び出され、自宅に監禁されてしまいます。
監禁中には村上密牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団牧師)が現れ、両親にさらに監禁を勧めるという証言がありました。

子供との信頼の絆を失った親も、反対牧師の被害者

 

「信頼の絆で深く結ばれていた私たちの家庭は、反対運動家たちによって破壊された」と手記に書いているのは、百二十日間も自宅監禁を強いられた山本 結衣さん(仮名、二十五歳)です。

結衣さんの出身地は近畿地方で、両親はとても宗教心が篤く、仲の良い夫婦でした。そんな親を尊敬しながら育った 結衣さんは、固い親子の絆で結ばれていました。ですから、 結衣さんが統一教会に出合い、信仰を持つようになった時にも、両親は「子供が幸せになれる道ならいいではないか」と理解を示してくれたほどでした。

ところが、その後、突然、両親は 結衣さんを自宅に監禁したのです。

それは両親が全国原理運動被害者父母の会(会長、本間テル子) や強制改宗牧師の巧みな教唆を受けての行動だったのです。

結衣さんが拉致・監禁されたのは一九八二年十月五日。その日の朝、母親から突然呼び出しがあり、当時、学生だった結衣さんは、京都の北大路で待ち合わせをしました。すると、会った途端、両親にタクシーに乗せられ、そのまま、自宅に連れて行かれたのです。

監禁された部屋は、窓に鉄格子がはめてあり、窓自体にも釘が打ちつけてあり、電話もなく、鍵は外から閉めるという状態でした。

一週間が過ぎたころ、関西を中心に改宗活動を続けている村上密牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団牧師)が来ました。
ひととおりの統一教会批判が終わると、村上は「私が扱ってきたケースの中でも、改宗させるのはかなり難しいタイプです。ずっとこのままの状態で外部と完全に遮断させていなければなりません」と平然と両親に向かって監禁を勧めるのでした。

そのとき、 結衣さんは牧師にだまされ、煽動された両親が哀れでなりませんでした。「恐らく(両親は)涙を流しながら、部屋に鉄格子をはめ、鍵をつけかえたに違いありません。まさに私の父母こそ、職業的反対運動家たちの仕組んだワナにはまった被害者であり、犠牲者であるとしか言いようがありません」と、彼女は書いています。

その後、脱出に成功した山本 結衣さんは、 監禁の恐怖心から、いまだに自宅に帰ることができません。 一度壊れた親子の絆は容易には元に戻らないからです。親と子の双方の心を深く傷つけ、切り離した村上は幸せな家庭を破壊する悪魔のような存在としか言いようがありません。

 

親子の絆を破壊し家庭を崩壊させたディプログラマー 村上 密 牧師

 

村上 密牧師画像

村上 密(ひそか)牧師
日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団
アッセンブリー京都教会

 

※拉致監禁に関与した「キリスト教牧師」「脱会屋カウンセラー」は150~200名存在しています(まとめ記事)。さらに弁護士・ジャーナリスト・政治家・学者を含めた、一連の不法拉致監禁行為に関与、支援、利用してきたグループは現在「ディプログラミング・ネットワーク」と呼ばれています。その真相を究明し、社会的に明らかにすることが急務です(参照:宗教学者・大田俊寛氏 インタビュー記事

 

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