
その時、警察はなぜ拉致被害者を救ってくれたなかったのか?【事例と判例】
信者の拉致監禁事件では、警察が現場に立ち会いながらも「親子の問題」「家族の話し合い」として介入を拒む事例が繰り返されました。
拉致被害者本人が助けを求めても訴えを受け止めず、拉致を実行する親族側の説明のみで処理されることが多かったのです。親族といえども、(脱会屋から教唆された)加害者であるのに、、、。
数多くある事例の中から一部をご紹介します。
KSさんの事例(東京・上野ウィークリーマンション)
実家で親族により車で連れ去られ、上野のマンションに監禁されました。彼は警察に必死に『自分は監禁されている』と訴えました。
しかし、現場に来た機動隊員200人近くがKSさんにこう告げました。「統一教会の問題は親子の問題なんだから騒がせるな!お前が悪い。人騒がせなことをするな。このように200名ほどの機動隊がピストルを持って来たんだ」。最後は「親に心配をかけるな」と言って引き上げていきました。
KSさんは3度警察に助けを求めていますが、それも叶わず『私はそれまでの経験で警察が助けてくれないことを十分わかっていたので、諦めて監禁場所に帰りました。』と警察は助けてくれないと断念する境地にまで追い込まれていきます。
宿谷麻子さんの事例
宿谷さんが早稲田通りの路上で無理矢理バンに押し込まれると同時に警察がやってきます。宿谷さんは「助かった」と安堵しましたが…
「これは家族の問題です」と親戚一同が口を揃え、車から降りた妹が「姉は、いま問題になっている『統一教会』に入信しています。これから家族で話し合うつもりなんです」と説明しただけで、警察は納得し、矛を収めてしまった。
「見てください!私は羽交い絞めにされています。助けてください」と必死に叫んだが、警察は一瞥しただけで取り合おうとはしない。
法治国家なのに統一教会員には人権も認められないのか―。悔しさと同時に絶望感が襲ってきた。
宿谷さんは「警察は助けてくれるはず」という期待が打ち砕かれ、「人権が認められないのか」と強い絶望・不信を抱きました。
被害者全般の証言
多くの拉致監禁事件で、被害者が『大声で助けを求めたが、警察は動かなかった』と述べています。警察は『親子の話し合い』『民事不介入』として扱い、明らかな監禁犯罪にも介入しない例が繰り返されました。『警察が拉致現場で見て見ぬふりをした』という証言もあります。
後藤徹 事件(1995年~2008年)
実家で親族により拉致され、ワゴン車で監禁場所へ移送されました。長期監禁の間、本人や支援者が警察に訴えても『親子の問題』として扱われ、積極的な救出は行われませんでした。しかし、地裁・高裁・最高裁で「家族であっても、拉致及び監禁は違法と認定され、当たり前のことが当然に認められるようになりました。風向きは確かに変わりました。
【判決文原文抜粋】
「控訴人後藤の主張に基づいて、原判決を変更する。ワゴン車に乗るまでの短時間における拉致・逮捕といえるか否かはともかく、新潟に向かう途上においてワゴン車から降りようとした後藤を押さえ込んだ行為は、明らかに違法な監禁行為である。」(東京高裁須藤判決)
最大の疑問、「警察はなぜ助けてくれなかったのか─────」
に関して、こちらのレポートが本質を言い当てていると考えます。
この記事の内容は世界日報社による宗教学者・大田俊寛氏(埼玉大学非常勤講師)へのインタビュー内容を抜粋したものです。 気鋭の宗教学者 大田俊寛氏へのインタビュー卓越した視点からオウム事件を深く考察してきた大田俊寛氏地下鉄サリン事件から本日で30年です。発売中の4月号に、大田俊寛さんが...
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