
「逃げたければ足を置いていけ」―― ディプログラマー・高山正治牧師の衝撃発言【監禁現場の記録】
これはディプログラマー(拉致監禁による脱会活動家)の高山 正治 牧師(日本同盟基督教団 倉敷めぐみ教会)の説教動画(2020年7月)です。
高澤守牧師について
この高山正治牧師の説教映像で、同じくディプログラマーとして活動してきた高澤守牧師が、拉致監禁が刑事告訴され、警察の取り調べを受けている最中に自殺したことについて言及しています。
何よりも彼の働きの凄かったのはカルト救出カウンセラーとして、日本でも有数のカウンセラーでした。何百人ものカルト信者を救出してきた実績の持ち主(※1)。その彼が最後に手がけたカウンセリング(※2)に失敗し、カルト側から訴えられました。
日頃、協力的であった警察(※3)からも今回は激しい取調べを受けさせ、さすがの彼も気力をなくし、ノイローゼのようになり、首吊り自殺をしました。私は長年親しい友人で、本当に悔いの残る残念な出来事です。
補足解説
※1)高澤守牧師は拉致監禁している信者に向かって「お前が〇〇人目だ」と脅している。さらに約800人を拉致監禁したと自白している。
※2)広島に住む夫婦を拉致監禁し、警察が介入し解放された事件。その後、刑事告訴を受けた。高山牧師は、監禁部屋から逃げられることを「失敗した」と表現している。
※3)警察が日ごろ協力的であったという。これは警察に根回しして繰り返し「監禁説得」を行っていたことを意味する。
高山牧師が、高澤牧師は「たいへん親しかった」と話すように、牧師同士で統一教会信者に対するディプログラミング・ネットワークを形成していました。高山正治牧師の拉致監禁活動についての証言記録があります。
教会員Kさんが聞いた高山牧師の元ヤクザ発言
教会員のKさんは、『俺は元ヤクザだ! お前の足を置いていけ!』などの脅迫めいた言葉を高山牧師から何度も受けたのです。(引用 米本和弘氏のブログ)
女性信者Kさんは、岡山県倉敷市のJR宇野線・茶屋町駅そばのマンション「パールフィールド(301号室)」に監禁された。
マンションの玄関ドアは、いつものパターンよろしく二重カギ、窓は内側から開かないように細工されていた。半年分はありそうなお米、新しい家具・家電製品、新品の服まで用意されていた。Kさんは長期の監禁生活が始まるのだと絶望的な気分になった。
父親から「統一教会に詳しい人がやってくる」と聞かされていたが、翌日、マンションにやってきたのは倉敷めぐみキリスト教会の牧師・高山正治氏だった。あとでわかったことだが、倉敷めぐみキリスト教会と高山氏の自宅とマンションとは至近距離にあった。
その日から、Kさんの了解を得ることなく、高山牧師の「統一原理は間違いだ!」の講義が始まった。Kさんは反論したり、反発したりしたが、いかんせん、監禁下という籠の鳥。ただただ“逆洗脳の講義”を聞かされるばかり。そのたびに、Kさんの怒りと恐怖と屈辱感はつのっていった。
高山氏と一緒にやってきた東大卒だという元女性信者は、父親のだらけた態度をなじり、Kさんに冷酷に告げた。「統一教会には愛がない。あなたの教会はもう誰もあなたのことなんか心配していないわよ」 。これは、元信者の意図はどうあれ、心理的に言えば、誰も助けにこないという絶望に追いやることで「落とす」やり方だ。スターリン主義者たちがやった手口である。もう、誰もおまえのことなんか気にかけちゃあいないぜ。おまえは、いったい、何を大切にしているんだ。そんなもの、捨ててしまいなよ。
高山牧師の態度は最初からぞんざいで、いかにも自分は偉い先生で、出来の悪い生徒に正しい回答を教えてやっているんだといった上から目線の物言いだった。Kさんが反論すると、「こんな女、見たことがない!」と言い放ったり、こんな言葉を使って脅したりした。「俺は元ヤクザだ。3年間ヤクザをやっていた。ここから(強引に)出て行くのなら、足の一本でも置いていけ」。足の一本とは聞き慣れない表現だが、ヤクザがよく使う「足抜けするんだったら、エンコ(指)をつめて組から出て行きな」といった意味合いなのだろう。
こうした状況が1カ月、2カ月が経つにつれ、家族の間でも、次第に、徒労感というか焦燥感が募っていった。そうしたところに、弁護士を先頭に、統一教会の仲間が玄関のチャイムを鳴らしたのである。10月23日の午後のことである。
弁護士の立ち会いのもと、仲間がKさんに意思を確認すると、「ここから出たい。統一教会に戻りたい」と語った。それで、そのままみんなと一緒に、大阪の教会に戻った。教会に戻る前には、Kさん自ら、母親と警察に電話をかけ、自分の意思で監禁場所から出たことを伝えている。
監禁脱出から2週間あまりが経過するが、いまだKさんの精神状態は安定していない。Kさんの監禁後遺症が1日でも早く癒えるともに、両親がKさんに心底から謝罪し、親子関係が再生することを祈るばかりである。
高山牧師が「あのような過激なやり方」と認めた事実
また、2011年の出来事ですが、高山牧師によって拉致監禁被害を受けた被害者男性Mさんが、「脱カルト協会」主催の講演会場で脱会活動についてレクチャーする高山牧師に会い、抗議文を手渡しました。
それに対して、高山牧師は「もう私は、あのような過激なやり方はやっていないよ。私も心を痛めたよ」と語りました。拉致監禁を伴う自らの脱会活動を「あのような過激なやり方」と認めたことは重大な事実と言えます。
出典:https://www.ucjp.org/archives/8586
しかしながら、本当に拉致監禁行為を反省していたかどうかは全く疑問です。高山正治牧師は、2023年1月に他界されましたが、2020年4月に自ら次のようなコラムを残しています。
私がカルト問題に関わるようになったのは牧師になってすぐのことですから、もう三十数年取り組んでいます。最初はエホバの証人の問題で相談を受け、その後すぐに旧統一教会の信者、脱会者の救出活動を始めました。ですから一番長く取り組み、関わった人数が多いのはなんと言っても旧統一教会です。
