
【決定的証言 録音テープ】脱会屋・横溝洋三牧師が電話で両親に“監禁”を指示していた
横溝洋三牧師(日本基督教団水戸中央教会)が電話で監禁を指示
森哲牧師と結託した親族に拉致・監禁され、なんとか脱出したA・Mさんは、脱出後に驚くべき事実を記録した一本の電話テープを残していました。
強制改宗の現場に訪れていた平良夏芽牧師が、横溝洋三牧師の紹介で来たと聞いたA・Mさんは、事実確認のために横溝牧師に電話をかけたのです。
すると横溝牧師は、相手がA・Mさん本人であるとは気づかず、母親だと思い込んだまま、(その母親に)信者を監禁するための具体的な方法を語り出したのです。
横溝牧師の明確な教唆の証拠
以下はA・Mさんのテープに残っていた、横溝牧師の電話での具体的な監禁指導の再現です。
(※)は編集者注
ー これから、どうしていったらいいのでしょう。
また、同じことをやるだけだよ、取り戻すまで。
※「何度でも拉致監禁しなさい」と指導
ー また、娘を保護して。
そうしっかり保護するの、絶対逃がさないように、ね。
※「身体の自由を奪う」と明言している
ー でも昨日、ちょっとした隙に、窓に鍵かけていたんですけど
あのね
ー はい
開くような窓にしておいたからいけないの。
ー 開くんじゃなくてですね。
うん
ー 窓ガラス破って出ていっちゃったんです。
だからね、窓ガラス破ったって、もう一枚ちゃんとあるようにしておかなくちゃだめなのよ。破ったって出られないようにしておかなくちゃいけないのよ。
※監禁部屋への改造方法をマニュアル化して指示
ー じゃホテルみたいなとこじゃなくて。
そうよ、ちょっと手薄だった。ホテルといってもどういうホテルだったの。
ー あのプラザホテルとかいうところだったんですけど、そこのマンションみたいな所で七階建ての六階の一番奥に借りたんですよね、高いし、あれだと思って。
あのね、娘がスカートで八階から逃げたのもいますし、裸で逃げたのもいますから、とにかく逃げなくちゃならないと思ってますから、……そうなんだから二度逃げてるんだから、ね。絶対に逃がさないようにしなくちゃだめだよ。
ー 用心してですね。
あのね、もう一つ言えることは、ガラス戸の前にだれかが座っていたらできなかったのよね、そうでしょ。
ー ちょうど、私が目を離した隙になんですよね、でもそれまでそんな感じもなくて。
いや、みんなそうなんだ、つらくて逃げたくてしようがないんだもの。
※本人意志に反する監禁であることを公然と認めている
ー 手を捕まえて、あれしたんですけども。
あの、何で破った?
ー あのスタンドの、スタンドというかランプがありますよね、あれで窓たたいてですね。私が、こう風呂入ってたものですから、その時に出られないように閉じ込めて、それで破って出たんですよね、急いで。
ごめんなさいね、そういうことに使えそうなものは何一つ置いちゃいけないわけだ。
※家やマンションやホテルに「牢獄」をつくる。絶対に脱出不可能な環境。
ー 電話とかは、取ってくれていたんですけど。
でもね、これ後悔してもしようがないんで、この次のことを考えようね。
ー それでもしも、近くに相談できる方がいたらですね。
いないんだよ、そんな手近にもう絶対だめなの。
ー 教えていただければと思って。
僕ができたのは小牧とか桑名しかないの、そんなにね郵便ポストみたいにたくさんはいないんだ。
ー 長野の方とかは?。
長野は今いない、転勤したから。
※脱会屋による「組織的なネットワーク」で拉致監禁を実行
ー そうですか、でももう、申し訳なくて。
うんあのね、それはやむを得ないこと。そこまでやったんならこの次はもっとしつかりやんなくちゃいけないと、いうことで考えようね。
※こうして脱会屋が両親を言葉巧みに拉致監禁へと誘導してきた
以上のやり取りの情報(書き起こし文を書籍「強制改宗」に収録)からも、牧師たちは全国で組織的に連絡を取り合い、監禁の現場に赴いていることが明らかです。
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ルポライター 米本和広氏が、後藤徹氏監禁解放直後(4日後)に、宮村峻氏のインタビューに成功していました。たいへん興味深いやりとりです。
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