信者が拉致・監禁され、ディプログラマーから暴力的な強制棄教を迫られる胸痛む人権侵害

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拉致監禁は「計画的」人権侵害ーーすべては脱会屋による「親への教育」から始まる

武蔵野家庭教会の有志がまとめてくれた動画です。
脱会屋が深く関与する拉致監禁が「計画的な人権侵害」である実態を、ストーリー形式でわかりやすく伝えています。

拉致監禁は、親の愛情を利用した「教育」と称する操作から始まり、外部と遮断された空間での長期的な監禁・説得へと進みます。その背景には、牧師や弁護士との組織的な連携があり、資金や訴訟にまでつながる構造的な人権侵害が存在するのです。

拉致監禁は計画性があり、法的にも人権的にも許されない実態を、ぜひ知ってください。

 

綿密に計画が練られた拉致監禁ーー信者を狙った深刻な人権侵害

 

家庭連合旧統一教会を巡る問題の中で、特に深刻な人権侵害とされるのが、信者の脱会を目的とした拉致監禁です。
これは信者の親族が脱会支援を掲げる活動家と連携し、本人の意思に反して身柄を拘束し改宗を強いる行為であり、その計画的な手法と明確な違法性が長年指摘されてきました。

 

脱会屋と牧師が主導する周到な計画

 

計画的かつ巧妙な拉致監禁の手法。拉致監禁は周到な計画のもとで実行されます。
まず中心には脱会屋とキリスト教の牧師がおり、彼らは家庭連合に“入ってしまった”子供を持つ親を脱会セミナーと称する集会に参加させます。そこで「子供が入信してしまったのは親の責任である」と問い詰め、思考を奪い、そして脱会させるための方法と具体的な資金が必要になることを伝え、数百万からのお金を要求するのです。
負い目を感じ、それこそマインドコントロール下におかれた両親は従うほかなく、脱会屋とキリスト教牧師の言いなりになり、拉致監禁を行うようになります。

 

虚偽の口実で誘い出し精神破壊を行う

 

具体的な手法としてはまず、信者の親が倒れたなど虚偽の口実で信者を誘い出し、外部から遮断されたマンションの一室などに連れ込みます。 到着後、携帯電話は没収され、部屋は施錠・監視されるなど、物理的に脱出不可能な状況に置かれます。

この閉鎖空間で、複数の説得者脱会屋、キリスト教牧師、元信者、親族が昼夜を問わず交代で現れ、長時間にわたり教団の教義が間違っていると煽り立て、精神的に追い詰めます。 睡眠を妨げたり、大声で叱責したりすることで抵抗する気力を削ぎ、正常な思考能力を奪っていきます。

さらに、信者が心の支えとしてきた信仰対象や教義を徹底的に侮辱・否定することで、そのアイデンティティを根底から破壊し、精神的な混乱状態に陥らせます。 このプロセスを通じて、被害者は「もう脱会するしかない」と思い込まされるのです。これらの非人道的行為は、数週間の短期で終わることは稀で、多くは数ヶ月から、時には10年以上に及ぶこともありました。

 

裁判を強要する“組織的ビジネス”

 

その後、脱会を決意させた場合、それが偽装なのか真意なのかを判断する意味で家庭連合に対し裁判を起こすように迫ります。 その時に今の全国弁連のK弁護士などが登場し、献金の返金やだまされたことに対する損害賠償請求の訴え起こすようにさせます。
ここに脱会屋、キリスト教牧師、全国弁連が口裏合わせをし、組織的かつビジネス的に拉致監禁をおこなっているという事実を知って頂きたいと思います。

こうした一連の行為は、日本の法律に照らして極めて悪質な犯罪行為です。

 

逮捕・監禁罪刑法220条と強要罪刑法223条に該当

 

本人の意思に反して移動の自由を奪う行為、逮捕・監禁罪刑法220条に、威圧的な言動で脱会を迫ることは、強要罪刑法223条に該当します。 加害者側は「子を思う親心から」 「本人を保護するため」と主張しますが、法と人権の観点で裁判所はこの論理を認めません。
成人した個人の「信教の自由」憲法20条や自己決定権は最大限尊重されるべき基本的人権であり、親族であってもそれを暴力や拘束によって侵害することは正当化されない、というのが確立された司法判断なのです。

 

被害者が裁判をためらう理由

 

では、被害者のどれくらいの割合が裁判を起こしているのでしょうか。
残念ながら、加害者が自身の親族であることが多いため、家族関係の破綻を恐れて訴訟をためらうケースが少なくないのです。
しかし、何人かは法的手段に訴え、その違法性を社会に問い続けてきたことは事実です。

これらの裁判は、単なる金銭賠償に留まらず、自らが受けた非人道的な行為が許されざる人権侵害であったことを公に証明し、失われた尊厳を回復するための重要な闘いでした。 この問題は、日本社会における信教の自由という根源的な権利のあり方を問い続ける、極めて重い課題であり続けています。

 

拉致監禁被害者の1人である男性の武蔵野教会での演説

 

(拉致監禁の現場で)親は私の言葉を信じず脱会屋の言葉を優先しました。非常に残念で深い悲しみを覚えました。拉致監禁は信仰を失わせるだけでなく親子の信頼関係までも壊してしまいます。脱会に成功してもしなくても家族の間に深い溝を残すものです。 (街頭演説より)

 

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