
『これが伝道です』監禁と暴力を正当化した斎藤幸二牧師の言葉―― ディプログラミングの異常な現場【実態⑦】
冊子「私は拉致・監禁された!統一教会員の信徒の自由、基本的人権を奪う牧師の実態」(1988年刊行)に記載された、不法な拉致監禁・強制棄教の証言を順次紹介します。プライバシーへの配慮のため一部の固有名詞を仮名に変更したほか、状況説明が執筆当時のままになっている箇所があります。
伊藤 彩花さん(仮名 20歳)の証言
伊藤 彩花さん(仮名)は、両親や親族が斎藤 幸二牧師の教唆によって力づくで連れ去られ拉致監禁されてしまった被害者の1人です。
斎藤牧師に態度が悪いと平手で殴られ”宗教活動に暴力が加えられる”状況を身を持って体感され、悲しみの傷が癒えていない状況が伺えます。
態度が悪いと斎藤 幸二牧師が殴る。6人がかりで説得工作
「剣をとる者は剣で滅びる」とはイエス様の訓戒でした。暴力はイエス様の説くところではなく、愛と奉仕こそ、キリスト教の最も大切な教えだったのです。
そのキリスト教の真理にだれよりも忠実であるべき牧師が、拉致や監禁といった暴力を肯定し、あるいは自らが暴力を行使している事実は、日本のキリスト教会の宗教性そのものが問われる問題といえましょう。
1987年2月6日午前2時、統一教会の信徒・伊藤 彩花さん(仮名、20歳)は、牧師に平手で殴りつけられました。その牧師の名は斎藤 幸二牧師。静岡県にある焼津福音ルーテル教会の牧師です。監禁から脱出した後、伊藤さんは「それまでの牧師のイメージが完全に崩れた」と語っています。
伊藤さんが、牧師の教唆を受けた両親や親戚によって連れ去られたのが同年1月26日、帰宅したときのことでした。力づくでワゴン車に乗せられ、市内のホテルに監禁されたのです。二階のその部屋には、窓とドアに二人ずつの見張りが立っていました。伊藤さんが泣きながら「出してください」と頼んでも、全く聞き入れてもらえませんでした。
必死に逃げようとしましたが、六人対一人。腕や足から血を流しながらも伊藤さんは脱出を断念しなかったのです。
夕刻、斎藤がやって来ました。伊藤さんが「話は聞きたくありません。すぐにここから出してください」と訴えました。しかし、牧師はそれを無視して統一教会の批判を始めたのです。
翌日、伊藤さんは話の途中で我慢できなくなり「こうやって他の宗教の人を説得する時間があったら、自分でもっと伝道したらいいでしょう」と牧師に言い返しました。が、牧師は「これが伝道です」と答えたのです。
伊藤さんは心の中で「人を監禁して無理やり説得することがどうして伝道なのか」と疑わざるをえませんでした。その日、伊藤さんの父親が感情的に興奮したのか、血圧が上がり血を吐きました。伊藤さんはこれ以上親を苦しめることはできないと悟り、不本意ながら「脱会書」を書くことにしたのです。しかし、斎藤は伊藤さんを信用しませんでした。牧師館に移ってからも、伊藤さんを細かくチェックし始めました。そうして、その言動に不信を覚えたのか、かっとなって伊藤さんを殴りつけたのです。
宗教活動に暴力が加えられる、こうなれば「信教の自由」も「基本的人権」もあったものではありません。このような思いあがった牧師の態度に対しては、私たちは断固、闘っていく必要があります。
※拉致監禁に関与した「キリスト教牧師」「脱会屋カウンセラー」は197名にのぼります(主なディプログラマー一覧)。さらに弁護士・ジャーナリスト・政治家・学者を含めた、一連の不法拉致監禁行為に関与、支援、利用してきたグループは現在「ディプログラミング・ネットワーク」と呼ばれています。その真相を究明し、社会的に明らかにすることが急務です(参照:宗教学者・大田俊寛氏 インタビュー記事)